2007年08月11日

ありがとうございました

このブログを読んでくださっていた皆様、今まで本当にありがとうございました。

ろしお君は7月20日に旅立ちました。

膵臓ガンを告知されてからほぼ6ヶ月、私たち二人にとってはこれまでの人生のなかで一番辛い半年間でした。
でも、どんなに絶望的な状況にあっても、ろしお君は最後まで諦めず、本当に本当に頑張ってくれました。

最後の試練を乗り越えて旅立っていったろしお君に、私は「人生の卒業、おめでとう」と言ってあげたいです。

今、彼の魂はようやく体から解き放たれて、自由にいろいろなところを旅して回っているのではないかと思います。
デリカを乗り回すのが好きだったから、行きたかった林道とか、さまよっているかもしれませんね。

ろしお君の姿は見えなくなってしまっても、それはろしお君の存在が無くなってしまったわけではないと思っています。

ただ形が変わっただけ。

あのお茶目で自信たっぷりなろしお君の声が聞けなくなってしまったことはとても寂しいけど、ろしお君はいつも私のそばにいてくれて、私とロッシを見守っていてくれていると信じています。

ろしお君にはもっともっとやりたかったことがたくさんありました。
それがもう「時間がない」と悟ったとき、どれほど無念だったことでしょう。
ろしお君の気持ちを考えると、私たち遺された者は無駄に生きるわけにはいかないと思うのです。

だから泣いているばかりではいられません。
ちゃんと前向きに、これからの自分の人生をどんな風に生きていくのか、考えながら生きていこうと思います。

ろしお君に心配をかけないように。

そしていつか、私にも旅立ちの日が来たら、そのときは「私も精一杯生きたよ!」とろしお君に報告できるように生きていかなくちゃいけないなと思います。

私たちの人生の時間には限りがあります。
当たり前のことなのですが、普段はほとんど考えることはありません。
私たちはまだまだ時間がたくさん残されていると信じて生活をしています。
でも、いずれ終わりは来ます。

機会があれば「人生」の持つ意味について考えてみることはとても大切なことではないかと思います。

なぜ私たちは生まれてきたのか、人生にはどんな意味があるのか。
生きているあいだに、私たちは何を成し遂げることを期待されているのか。

私はろしお君と一緒に暮らしてきた15年間、本当に楽しかった。
私一人では出来なかったいろいろなことを経験させてもらいました。
ろしお君には感謝の気持ちでいっぱいです。

これからは二人でいたときと同じようにはいきませんが、私は私が出来ることを精一杯やりながら、私の人生を頑張って生き抜こうと思います。


この前の記事がろしお君が私たちに残した最後の言葉となりました。
重い記事ですが、彼の前向きな姿勢がとてもよく表れていると思います。

ろしお君のブログはこのまま出来るだけ残しておきたいと思っています。

このブログがどなたかの目に留まり、少しでも何か感じていただけて、これまで考えてもみなかったことを考えてみる機会になるなど、何かお役にたてれば幸いです。



通夜、告別式には本当に大勢の方々にお越しいただき、誠にありがとうございました。
このブログの記事でお知らせすることになってしまった皆様には、ご心配をおかけしておきながら、ご報告が遅くなり申し訳ありませんでした。

厳しい暑さが続いておりますが、お体を大切に。 皆々様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。

ゆうこ
posted by ろしお君 at 14:28| 東京 ☀| Comment(40) | TrackBack(5) | ココロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月15日

大きな大きな病院

昨日全ての治療を終え、無事卒業してきました\(^-^)/

何故卒業したのか??

普通の人であれば、アレだけ有名な病院の先生に執刀してもらい、
全てお任せしてするのが普通だろうに。
わざわざ自分から離れるなんて馬鹿げているよ。
そんなにガン難民になりたいものなのかね。

なんて声がたくさん聞こえてきそうですね

ここで、もう少し冷静にここ数十年のガン研、大病院の出している統計
を見てください。

私の場合 stageWa ですから統計上では5年生存率は0%です
しかも、約1年以内に9割以上の方がお亡くなりになっています。

入院している間は、手術、抗がん剤、放射線(俗に言う三大療法ですね)これを継続して行ないます。保険点数も良いですし、製薬会社の前面的な後押しもあるでしょう。
抗がん剤に関しては<総効率が3割を超えました!>おバカな事をおっしゃるんじゃありません。7割は副作用なのです。
つまり 3割程度は人によっては一時的にガンが小さくなったようにCTには映ります。あくまでも45日観察でのお話であって、その後はどうなろうがまたしても関係はないのですね。後の7割以上はカラダの粘膜や頻繁に生まれ変わる細胞を攻撃して、肝臓にダメージを残して行くのです。

一般的な医師は、これとそれとあれも使ってみたいし、うってみたい。リンパ球が下がろうが最後の砦の免疫が下がろうが、そんなことはしったこっちゃありません。
 それでも、最後にはもう母体があぶないと感じるらしく、次のお決まりの台詞が登場です
「もうこの病院では何もすることはありません」
さんざんいたぶっておいてこの台詞はないよね
そのときはもう自力で回復するだけの体力は患者さんには残っていないのです。

stageが後半であればあるほど、打ちまくりで一気に悪化して行くので
す。そこの病院の統計にちゃんと乗っかるようにして患者さんは他界していきます。

自分でここまで判ってきたのは、ゆうこさんにたくさん教えられ、自分なりに情報の整理をしてみると、ガンは西洋医学では絶対治らない!! ということ。
なぜなら、生活習慣病であるし、その人の無理な人生の歩み方により、体の中から発生したものだからなのです。

心配だからといって、コレとそれは無くとも大丈夫だからとあっちもコッチもと切っちゃうと、後の副作用は物凄いものがあります。お腹(東洋的には中心部なので お中 だそうです)の中をかき回されると、いまだに辛いということです。こういう痛みを訴えても先生方は決して耳は貸しません。抗がん剤大好きですからね(笑)

脾臓も取られたちゃったのですが、実は体の臓器でガンができない唯一の臓器は2つあるそうです。一つは心臓 そしてもう一つは脾臓なんですね。 この脾臓君は老化した赤血球を破壊し、除去することがお仕事なのです。とてもいらないなんて言えませんね。ここにも拡大オペがあったのです(メ-_-) そもそも何故ガンが現れないのか? 体温が高いからなのです。このいけない子達は冷えた部分が大好きですから、肺、腸系 肝胆膵 大腸 など外気に触れて体温が低下する部分がお好みです。なので体温が高いこの2つには現れないそうです。 あ〜〜あ 一つ取られちゃったわい。

統計の話に戻りますが、最近のお国の方針で早期発見早期予防!なんてアドバルーンを揚げていますが、本当の意味はおそらくこうでしょうね。
stageTとかなら、まだまだ体力もあるし、オペしても抗がん剤をぶち込んでも大丈夫!
早く全体の延命率を上げないと点数が上がらないし、研究所や大病院の数値向上に役立たない! 早期なら5年は生きてくれるはずだ(つまり、5年と1日にめに他界されても統計上は生きていたことになるのですね。成績UPで医療関係は ヾ(@^▽^@)ノ なのです。

ただ、今の日本の医学校及び関係役所では、早期についてはビクビクものだと思います。本人たちは決して治る病気ではないと教えられてきていますから、もうなんとか5年は生きてくれ! きっと診たくないでしょうね(笑) あの迷信や呪術を切り離し西洋医学の元を作った医聖ヒポクラテスなんていう方がいらっしゃるようですが、カレはガンは治らない病気と言っていたそうです。なんと現在の日本の西洋医学は紀元前400年ほど前から考え方は変化していないのです。
そりゃお医者さんにとってもガンはとっても恐いですよね(爆)
統計上に満たないで他界されてしまった日にはね

前置きが長くなってしまいましたが、一応本編です(^^;

私も無事卒業できたので、めでたく統計からは外れました。
コレは一番ウレシイ事ですし、なんといっても生きる励みになりますV(^-^) V

○きっかけ

・病状説明で、オペしないとあと10ケ月、オペやりたかったらしてあげる、こんな状況じゃ地方じゃやってもらえないよ
結局切れば10ケ月以上の目は出るのだろう と素人判断によりオペ決定!(10分で人生を決めろなんて!しかもあんな素人がみたって判らないペラペラのお面みたいなもので説明したってだれも判らん(怒))
翌日大親分の追い討ち説明、どこから来たの?○○市ですが?
どうやら、どこの病院からの紹介で来たのかということらしいし、さらに、紹介状の宛先が自分でないことに、ちょっとピクピクしていたのがおかしかったけどね。 結局 自分の立場、ポイントでお話されてイルのだと確信!

お偉いさんが退席したあと、医局のお兄さん ”免疫なんて迷信、宗教みたいなもの”とおっしゃっておりました。君は三大療法をまっしぐらに突き進んで、一人として病院では助けられず、ガンは決して治らない病気 大変恐い病気 とプリントされて行く事でしょう(^^

ここは大病院ですから<チーム>:5〜6人で治療をするようです
といってみたものの、だれもCTや血液検査の結果なんか継続的にみるわけでもなく、午前中に撮ったCTはどうでした?なんて夜の回診で聞いてみてもしどろもどろなんですもの(・o・)
一番の傑作は、退院する少し前に お腹に少し水が溜まっていそうなので、X線−TVで麻酔をしながら針を刺して抜きますね!とお達し があり、当日は検査室へ行って肩へリラックス用注射(筋肉注射なので、めちゃ痛いのです) 人が寒いぞ! といっても病衣のずれを治すだけで、彼らがやりたいのは、めったに見る事がない、肝臓突き刺しのジュツだったと発見したのは10分後!
 執刀医が来るまで、ちょっとエコー見させてもらってもいい? ボクも、オレも、ついでに ・・・・・
みんなでサンプル標本に冷たいジェルをドバドバ塗り、しかもティッシュでさっと気持ちだけふき取るだけの実験が繰り替えされます
(すでにモルモットですな)
いよいよ ご本人登場〜〜〜〜です
さっと診て、「前回のCTはどれ?」「今探しに行ってきます」(ハァ??)
「前回溜まっていた量はどの位?」 皆さん沈黙中(爆笑)
数分後ようやく到着いたしました。
「これなら様子見でいいだろう 何せ肝臓櫛刺だからな」と ぼそっと言って検査室を立ち去る 何その櫛刺ってさ!Σ( ̄□ ̄;)聞いてないけどね(怒) 結局その日一日は何も食べられず、ベットから起きられず・・・・・ダメージ1000%な日でした。

・退院の説明も モチロン死刑宣告付きです
その頃はまだ抗がん剤はやらなくちゃQOLがベタ落ちではたまらないと思っていました。担当医は「○○−○(昨年承認されたばかりのヤクです)だけで、点滴のコレは使うことは無い!」と断言。なぜそう断言?理由は教えてくれません。グサグサ刺さるわ、ちょっと書きたくないので死刑宣告については次回に持ち越しです

・初めての外来
「抗がん剤始めるから これ読んどいて」とポンと製薬会社の小冊子を目の前に投げ捨てられる
「奏功率ってあるのですが」瞬時に
「メーカー呼ぼうか?」「点滴の方は20%台だから凄く効くじゃないか!」
「そんなこを考えるようじゃ大変後ろ向きの発想で宜しくない」
「何も知らない方が絶対いいし、5年以上生きてるヒトだってまれにいるし」
「そんなに知りたいのだったら、医学部に入れ!」
帰宅して冊子を読み、試しに飲んでみたのは2時間後
「カラダ壊れないか?本当に大丈夫か?」
その薬剤は結局半分使いました 副作用は口内炎一つ
4週後、「血液検査の結果が悪くなっているから、量を増やすね」
「・・・・・」
もう飲めませんでした
「あの〜血液検査の結果のコピーはいただけないでしょうか?」
「こんなものの数値で一喜一憂したってしょうが無いだろう!」
「・・・・・」

・無数の肝臓転移
CTを見ながら首を横に振り、「こうなるともうコントロールできない」
(・・・そりゃ御心配でしょ 特にプライドが・・・ オペ3ケ月にこの猛烈な転移じゃね フフフッ)

「点滴の○をしてみますか?」
「・・・」
「予約だけ入れておきます」

次回の外来で中待合にいると、ナースに呼ばれ「外来診察のかなり時間がかかっているようなので、○の説明を約20分ほどさせて欲しいのだけれど」
「何それ・・・ そんな大事なお話を当日説明なの? そんなの前回の外来が終わった時点で説明して、今日判断を下すのが普通じゃないのかね?」 おっと モルモットに説明なんか要らないんでしたね(笑)


免疫治療後数分後39度以上の急激な体温上昇で、ほとんど意識朦朧となり、急遽外来処置で、ボルタレンと湯たんぽで体温維持に励んでいました。免疫担当医師は「稀にこの位出るヒトがいますから、気になさらないでください」ですと
「・・・・・」 私はモルモットでした
院内には担当医もいるはずですが、きっと関係ないのでしょうね
最後まで一度も様子を診に来ることはありませんでしたね。

卒業への一言
「人生の残り時間を旅にでてみたいので、どこの医院に掛かるか不明になります。つきましては、紹介状、オペ記録、各検査記録・データを郵送して下さい。」

「自宅でいいのかな?」「ハイ」・・・小うるさのが入なくなってので、きっとよかったのしょうね



・免疫治療
コレは自分のガンちゃんから培養したスペシャルなお薬とリンパ球の活性をあげるお注射です。同じところなので若干安そうですが、金銭的には結構なものです。
自己の細胞が有るうちは、ガンバリました
(リンパ球の注射でリンパの多く集まる部分の表面に打つので、かなり痛いです・・・・・

卒業宣言をして、少し経った後の培養の為の成分献血で、出ました 本性が(爆)
まず ゆうこさんが捕まり診察へ連れ込まれ矢継ぎ早に「あの先生はああゆうキャラだからねぇ(そうか!性格でヒトを合法的に貶められるのだね!)後はどこの病院に行くの?ゲル○ン療法やってたんだって?(一文字は大きく外れです(笑)」
とここでようやく患者ご本人登場で軟禁状態を解かれゆうこさんは一目散に退散です
「何?もうここはこないの」
「熱さましとか、鎮痛剤とか欲しい薬があったら幾らでも出すから、費用が大変だったら、リンパ球なんか打たなくていいから、○○○○○だけでも打たないか!!」
おっと、ここでとうとう本音が出ました!
そりゃやりたいでしょ 研究の大事な成果物だし、これで一時的に腫瘍が小さくなってくれれば、病院内を颯爽と歩けますものね
しかし 実はモルモットも卒業していたのです(o^-^o)

最後の治療の日も 「今後はやはり抗がん剤も打たないで行くのですか? 何か欲しいお薬はありませんか?」

 2回目の治療の付近で、「今行なっている治療の具合はどうですか?」と伺いましたよね?
「今分析中なのですが、素人さんには説明が難しいのですが、悪くはなっていなさそうです」
 そっ モルモットにゃ説明なんか要らんでしたわね ほほほォ〜

それが実験材料がいなくなってしまうとなると、三大療法チームも免疫チームもコロリと態度が変わるもです。

急に「そんなにお腹が痛いのなら抗生物質だそうか? 沈静解熱剤も出すよ 力が無いのなら、栄養剤点滴していく?」
ですと

入院して、死刑宣告を受けるたびに、更には日常でもよくこんなに涙が出ますな?という位泣き呆けてきました

実は、最初の外来で ステージはいくつ位ですか?
「Waです」 帰りに外来の入院の説明コーナーで説明を聞いてから帰ってください と言われたので、一応話は聞いていたのですが、
後半は鼻水ぐじゅぐじゅで、お話どころの騒ぎではないのです
人前であんなに泣いたのも生まれて初めて!
診察券は忘れて帰るし(^^; うちに帰ってからも
2人で泣きじゃくりです

患者をこんなに精神的に追い詰めていいのでしょうかね
医者のほとんどは、自分がガン宣告を受けるとかなりの確率で代替療法に行くそうです。
治らない病気 って教わってきたし、自分もできなかったし、そりゃこわいでしょ〜 よ

うちらはこんなすばらしいズタズタ病院とズバズバ医師と研究大好き医師に出会えたおかげで、さっさとめでたく卒業できました(*^ ^* )V

今は、関東のホスピスを併設した、ガンは気功、ココロ、そして食事から!!という病院にお世話になっています カラダの欲するものを今は食べさせてもらっています

しかも 今朝 夢の中で後光の射したヒトが現れ、わたしに向かって人差し指を突き出し、「もうお前は治った!!」
と言われてしまいました

凄い夢を見てしまったものです
しかも、お腹が異常に体温が高いのです(今まで 冷えている と言われていたのに)
臓器が、リンパもガンガン活躍中です
posted by ろしお君 at 15:18| 東京 ☀| Comment(3) | TrackBack(1) | ココロ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月06日

イヌゴエ

ペス.gif

最近レンタル屋さんで発見したのですが、TVKとかチバテレビで地上波放映していたらしいし しかも 劇場版もあるということで2度びっくりです
情報に乗り遅れです

いいんだなぁ これ 
イヌ嫌いの喫茶店のマスターとフレンチブルのペスのくりなすココロ温まる、ちょっとほろっとするいいお話です

わが家のろっし君オス8才でお話を作ってみました(笑)

--->
posted by ろしお君 at 19:45| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | ※Rossi君'お散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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